鞭打ち中継

「以上で、今週は……お尻100回ね」

小型スピーカーから聞こえてくる夕美さんの声。そのどこか楽しげな言葉が意味するとんでもない内容に、私は驚いた。

「100回!」

思わず小さな叫びを上げる私に、夕美さんはウインドウの中から言い放つ。

「そう。先週の約束、忘れたわけじゃないわよね?」

先週の約束。って、あれよねえ。私は、そっとお尻に手をやりながら先週少しの痛みを逃れるために後先考えずしてしまった約束を後悔した。その約束とは、

今週一度でも大学の授業に遅刻するか欠席したら、鞭打ち40回追加

というもの。それは、先週末の鞭打ち80回の罰を60回に減らしてもらうために夢中で頼み込んでした約束だった。

進歩がないかな、と自分でも思う。以前夕美さんの家に住んでいた時も、お尻をたたかれる時は、夢中で今度だけは許して、と頼み込んでいたのよね。後で考えると、とんでもない約束をしてまで。
夕美さんの家を出て大学に通うようになったのが、今年の春。これで夕美さんのお尻たたきもなくなると思うと、少しほっとすると同時にちょっと寂しかったり。でも、いよいよ夕美さんの家を出る前の晩、夕美さんはとんでもないことを言い出した。

私が一人暮らしをすることになっても、お尻をたたく、正確には、お尻をたたかせる、とか。最初は冗談かと思ったけど、あなたにはまだ「お尻たたき」が必要でしょ、と日々の乱れた生活を次々指摘されると頷くしかなかったわけで……。
具体的には、毎日メールでその日のことを報告し、週末にその週の罰をまとめて行う。罰は、パソコンにWebカメラをつないで自分でお尻をたたいて見せる、ということになった。

さっそく、一人暮らし初日から始まったメールでの日々の報告と週末の罰。罰に使うよう指定されたのは、オーディオコードを2本束ねた「鞭」で、ワンルームマンションの部屋の中でも気兼ねなく使えるくらい静かだった。ただ、お尻に当たるその痛みは強烈。最初の週、言い渡された20回の鞭打ちを終えるまでに何度も姿勢を崩してはその度に夕美さんに叱られたっけ。

そして、1ヶ月ほど経った先週。友達と遊ぶために大学の授業をずる休みしたのを隠していたことがばれさらに夜遅くまで出歩いていたりで、80回のお尻たたきを言い渡されたのよね。さすがに1度にはたたけないから、金曜日の夜と日曜日の夜に分けてたたくことにしたんだけど、日曜日の夜、60回目の鞭を自分のお尻にたたきつけ、その巻きつくように当たった鞭で我慢の限界を超えた私は必死に「減刑」を頼み込んだのだ。
その時、夕美さんが出した条件が、「先週の約束」。その時は、とにかくこれ以上の鞭から逃れたい一心で、約束してしまって……。

そして、今週。今週こそはまじめに、と思ったものの、友達とお昼を食べてて午後一番の授業に遅刻してしまった上に鞭打ちが怖くてその遅刻を隠してしまったり、部屋をきちんと片付けておかなかったりで60回の罰。さらに、約束どおり40回の追加で鞭打ち100回、ということになってしまった。

「今週は、3日に分けましょう。金、土、日で100回。いいわね?」

夕美さんの問いと言うより確認。もはや無駄だと思いつつ最後の抵抗を

「来週からちゃんとするから」
「そうね。そのためにも今週はしっかり反省しながら、お尻に鞭を刻み込みなさい」

あっけなく粉砕された。しかたなく私は、衣装掛けにぶら下げてある2本の「鞭」を手に取る。1mほどの細いオーディオコード。夕美さんに、いつも目に付くところに置いておくよう言われ、週末になると私のお尻に幾度となく巻きついてくる、黒い凶器。
その強烈な痛みは、実際に鞭打っている間は一刻も早く終わるよう祈るばかりなのに、普段はどこか心待ちにしていたり、時には罰以外の時でも自分で数度たたいてみたりすることがある。

鞭を手に取った私は、端の方を合わせて2つ折りにして、4本の房を作る。そして、小型ビデオカメラが接続されているパソコンの前でスカートを脱ぐと下着もずり下ろし、お尻を丸出しにする。

「始めなさい」

夕美さんの突き放したような声。覚悟を決めた私は、左手を高めの棚につき、鞭を持った右手を腰のやや前方に上げる。そして、ゆっくりと鞭を持ち上げ、一気に振り回した。

風きり音に続いてお尻に襲ってくる強烈な痛み。お尻の左下の方に当たった鞭の痛みに思わず息が止まるけど、すぐにまた右手を腰の前に持ってくる。今の鞭を有効にするには、次の鞭を10秒以内に打ち込まなければならないから。
そして、きつく目を閉じまた右手を一気に振り回す。この振り回し方も、逃げ腰だったりするとやはりだめ。最初の頃は、お尻当たる直前につい振り回す手を緩めてしまったり、お尻が逃げてしまったりして、何度もやり直しになった。

今度は、中央よりの上の方。思わず棚についていた左手を離してしまった。夕美さんは、ちょっとでも手加減するとすぐに見破って追加の罰を言い渡されるし、なるべくお尻全体をたたくよう言われているから、とにかく思いっきり振り回すしかない。

やがて、30回目の鞭をたたきつける頃には、もう限界に達していた。1回お尻に鞭をたたきつけると、痛みが尾を引いてとてもすぐに次の鞭を打ち込める状態ではなくなってきたから。

「もう終わりって、あなたまだ26回じゃない」

おずおずと今日の鞭打ちの終了を申し出た私に、夕美さんはあきれたように言った。それにしても、4回は……無効ってことね……。まあ、途中思わずしゃがみこんだりしちゃったから、しかたないかしら。

「でも、もう限界なんです」

無意識のうちに夕美さんからお尻を庇うように横向きになりながら、言ってみる。でも、どうせ

「せめて、今夜40回は済ませなさい」

と、こうなるのよねぇ。

「でも、ものすごく痛くて」
「お尻を痛くする罰なんだから、当然でしょう? でも、そうね」

考え込む夕美さん。もしかして、何か数を減らす取引でもしてくれるのかしら?

「今夜の残りは特別に、次の鞭まで10秒じゃなくて15秒にしてあげるわ」

そんな。左手で庇うようにお尻を押さえ、右手に鞭を巻きつけている私に夕美さんは厳しい調子で言った。

「それじゃ、再開。あと14回ね」

しかたなく、再開する私。右手に巻きつけていた鞭を解いて持ち直し、最初の鞭を後ろに向けて振り回す。お尻のほぼ中央に当たった鞭に、私は文字通り飛び上がった。な、なんか少し中断している間に、さらに痛みが増したような……。

「あと5秒」

夕美さんの無情な声に、あわてて次の鞭を振り回して……。今度は思わず座り込む。あわててたせいで狙いが定まらず、太ももとお尻の間のあたりを打ってしまった。数秒息を殺し耐えていると、痛みも少し遠のいたから、再び立ち上がって鞭を振りかざす。

そして、ようやく最後の一打。これは、うまく左下の方に跳ね返るように打ち付けられて、何とか姿勢を崩さず耐えられた。

「ちょっとあやしいのもあったけど、とりあえず今夜は40回ね」

幸い、必死の思いでお尻にたたきつけた14回は、すべて有効と認められたみたい。

「次は、明日の夜同じ時間にしましょう。それじゃ、おやすみなさい」

通信が切れた後、鏡にお尻を写してみる。全体が紅に染まり、中でも左側はひときわ鮮やか。いくつか、赤黒い鞭の跡も見える。
明日と明後日で60回か……。というか、本来なら60回でよかったはずなのよねぇ。ベッドに倒れこんで、熱を持っているお尻に手を当てる。そして、しばらくそうしているうちに眠くなってきたから、そのまま布団にもぐりこんで寝ちゃった。

次の朝、時計を見て飛び起きる。時刻は6:54、7時には夕美さんに朝の連絡を入れないといけないのに! 急いで昨日脱ぎ散らした服を片付け、着替える。

そして、7時。こちらからの発信にウインドウが開いて夕美さんが応える。間に合ってよかった。

「おはよう。お尻の状態はどうかしら?」

って、朝一番にそんなこと聞いてこなくても……。

「座ったりする時に少し痛むけど、大丈夫です」

実際、昨日の影響は座ったり、座ったまま体勢を変える時に思い出したようにわずかな痛みが走る程度だった。お尻の赤みも、あまり残ってないんじゃないかしら。

「そう。それじゃ、今夜はがんばって済ませちゃいましょう」

ううっ。今は考えたくもないことを。

通信を切った後、鏡でお尻を見てみる。所々に赤い筋が走っているけど、全体の赤みは大部分消えていた。でも、やはり座る時の痛みなんかからしても昨夜の影響は残っているわけで、今夜の鞭は辛そう。
試しに、50cmの竹定規でお尻をたたいてみると……いつもよりかなり強烈な、しびれるような痛みが尾を引く。

今夜大丈夫かなぁ。

そして、夜。手に鞭を持ってお尻は丸出し状態で準備完了。

「今夜は最低でも30回はたたくこと。いいわね?」

30回……。確かに、残り60回だし明日はもっと辛くなるんだろうから、それ位はたたいた方が良いのかもしれないけど……。でも、お尻を傷めている時の鞭って、いつも以上に強烈なのよねえ。

「始めなさい」

夕美さんは、私の返事も待たずに開始の号令を出す。

第一打。少しひるんで中途半端な振り回し方をしたのが災いし、お尻の側面の方に巻きつくように当たってしまった。声にすらならない悲鳴をのどに張り付かせ、固まる私。しばらくして、ようやく立ち直った私に、夕実さんの無情な声が飛んでくる。

「はい、10秒経過。今のはなしね」

そ、そんなぁ。

でも、ここで抵抗しても無駄なのはよくわかっているから、仕方ない。

そして、改めて第1打。お尻のほぼ中央で跳ね返った鞭のもたらす強烈な痺れるような痛みに息を呑む。しばらくは動けないくらい。でも、急がないと…

第2打、第3打。1打ごとに決死の覚悟で鞭を打ち込む。じんと尾を引く痛みに及び腰になったり、お尻を引き裂くような痛みに10秒どころか20秒位動けなかったりすることも度々。後でだいぶ引かれるのかしら。

そして、15打。やっと、そしてまだ半分。もう自分では限界、としか思えなかったけど、背後の夕実さんの無言の圧力に、息を整えて次の鞭を打ち込む。そして、再び固まる私。

そして、涙をこらえての30回目の鞭。

「あの、いちおう30回…」

私の報告に、返されたのは夕実さんの呆れたような視線。

「そうね。確かに30回、というか31回、たたくことはたたいたようね」

夕実さんは、しばらく手元のキーボードに手を走らせる。

「でも、有効と認められるのは、せいぜい20回ね。それも、かなりおまけして」

やはり、そうよねぇ。自分でも、ちょっと不発気味だな、と思うのが結構あったし……。でも、もうこれ以上、自分でたたくのは無理。

「ただ、あと5回たたいたら、特別に30回と認めてあげるわ」

5回…。でも、もうとても無理な気が。

しかし、抵抗もむなしく結局たたくことになってしまった。しかも、時間制限はなしの代わり、思いっきりたたく、という条件で。

その夜は、ベッドにうつぶせになりながら寝た。姿勢を変えると痛みが走るお尻、まだ熱を持っているお尻に手を当てると、最後の5打の強烈な痛みがよみがえってくる。もう、どうにでもなれ、とばかり自分の腕じゃないみたいに、思いっきり振り回した。1打毎に、動きを止め、思わず崩れそうになる体を支える。ようやく終わった時には、全身に冷たい汗をかいていたっけ。

ついに最終日の朝。
興奮していたのか、6時前に目覚めちゃった。

お尻の状態は……見た目には所々赤くなっている程度。でも、軽くたたいてみると、、重い痛みのようなものが走る。今日の鞭打ち、昨日以上に辛くなりそうね。
でも、そのことに恐れと同時に、何か興奮も感じちゃうのよね。実際にたたいている間は、ひたすら耐えているだけなのに、こうしてお尻に鞭が飛んでくる様子を想像していると、恐れよりも興奮が、そして期待のようなものすら感じてしまう。
もっとも、そういったものは、実際にたたき始めるとすぐ吹き飛んじゃうんだけど。

7時少し前、夕実さんに連絡を入れる。いつも通りのちょっとした報告なんかの後、夕実さんが思わぬことを。

「今日は、朝と夜15回ずつにしましょう」

朝と夜? お尻たたきはいつも夜だったのに……

「さすがに30回一度じゃ、辛いでしょう?」
「それはそうかも……。でも、心の準備というか、その」

「さすがに今度は延期や執行猶予は無理よ。だから、確実に終えるには朝と夜で分けた方が良いでしょ」

いきなりの展開に戸惑う私。

「どちらかにするかは、お尻と相談して決めなさい。ただし、必ず今日中に鞭打ち100回終えること」

お尻と相談……。私のお尻は「どっちも無理」って言ってるような気もするけど、一度に30回よりは……15回ずつの方がまだ良いのかしら。

「じゃ、分けてたたきます」

そして、すぐにたたくことになってしまった。

第1打から、お尻に食い込むような痛みが走る。そして、2打、3打と夢中で鞭を振り回した。とても我慢できる状態じゃなかったけど、一度立ち止まるともう続けられそうになかったから……。さすがに10回目くらいからは、思わず力が抜けそうになる腕を精一杯振り回したつもりだったけどちょっと不発気味になってしまった。
そして、15回、たたくことはできたんだけど……。

「まあ、今回はしかたないわね。とりあえず、100回済ませればよいわ」

意外なことに、すべて認められたみたい。助かった。

そして、夜。座ったりすると、お尻に少し重い痛みが残ったりするけど、それほどひどくはならなかったみたい。これなら、なんとかなりそう。

「あと15回ね。時間は気にしなくて良いから、思いっきり行きなさい」

うぅ、また思いっきりですか……。

「そうすれば、お尻に聞けばすぐに今週のことを思い出せるようになるわ」

あまり思い出したくないけど……でも確かに夢に見そうだわ。

「それじゃ、始めましょう」

鞭を手に取ると、パソコンの前に何かに押されているような、軽い痛みと違和感の残るお尻を晒す。そして、第1打。

お尻の下の方に弾ける鞭。でも、当たり所が良かったのか、それほど痛くなかった。続いて、2打目。

今度は、お尻の上、少し横の方に回りこむように決まった。あまりの痛みに、思わず鞭を取り落として座り込む私。

しばらく息が止まったけど、いつまでもこうしてもいられない。お尻に夕実さんの無言の圧力を感じるし……。

第3打、4打……もう何も考えないようにして、打ち込んでいく。お尻が少し麻痺してきたのか、痛みはやや和らいでいるみたい。そして、10打目の後、突然夕実さんの声が。

「待ちなさい」

振り返る私。

「そんなに下の方ばかりたたいていたんじゃ、だめでしょ。後5回は、上の方をたたくこと」

無意識のうちに、麻痺した状態の下の方をたたいていたみたい。

最後の5打は、辛かった。言われたとおり、上の方に鞭が飛ぶよう思いっきり振り回しては声もでない激痛に固まることの繰り返し。でも、1打に20秒くらいかけてなんとかたたき終わる。

「今日の痛みを忘れないようにしなさい。いいわね」

最後の1打の痛みとようやく終わった解放感で思わず泣き出した私に、夕実さんのお説教。涙声でようやくはい、と答えて、3日間の罰は終わった。

その夜、なかなか寝付けなかった私は、翌朝、7時3分前に目覚めてあわてて夕実さんに連絡を入れた。そして、今週からお尻たたきの基準を大幅に引き上げる、とのお達しが……。